「素晴らしい実況をありがとうございました」

575485141_16.jpg昨年の9月29日から始まった「〇月〇日と言えば・・・」の写真日記(アメブロ限定)。

ちょうど本日の28日で365日を迎え最終回となりました。

お客様の中には、「懐かしい」「みんな若い」と、喜んで頂けた方も多かったと思うのですが、mixiでは「マスターの写真でつぶやき(投稿)が流れてしまう」と、不評だったお仲間さんをいらしたようで、一年間ご迷惑をお掛けしました。

私自身、掲載する写真を眺めながら「懐かしい」と、当時の日記を閲覧して想い出に耽った事もありました。お客様の中にも、そう言ったお仲間さんがいらしたようで、この企画は大成功だったと自負しています。

さて、最後の写真では、2007年の9月28日の日記を閲覧して・・・そうか、もう16年になるのか・・・想い出されるお仲間さんも多いかと思います。

当時のラジオNIKKEYエースアナウンサー広瀬伸一さんがお亡くなりになって16年の年月が流れました。

ここ十年ほどの間に、競馬ファンになられた若い競馬ファンの方は、ご存知ないかも知れませんが、シンプルで、決して早口でなく、正確な広瀬アナウンサーの実況が好きでした。

写真は、私がお店の常連さんとグリーンチャンネルの予想番組に出演した時の記念写真。番組内で私達八人だけに実況してくださったのが広瀬アナウンサー。お店にお越し頂いた時もミニトークショーをやってくださいました(写真)。

今日の日記は、当時の日記をアーカイブ。

広瀬伸一と言う素晴らしいアナウンサーがいらした事をもう一度日記にて紹介させて頂きます。

575485141_176.jpg『素晴らしい実況をありがとうございました』2007年9月28日の日記

もう既にご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、ラジオNIKKEYの広瀬伸一アナウンサーが亡くなられました。

シンプルで、決して早口でなく、正確な広瀬アナウンサーの実況が好きでした。グリーンチャンネルで、競馬実況を見るようになってから、ずっと広瀬アナウンサーのファンでした。そんな広瀬アナウンサーの実況が聞けなくなると思うと、凄く寂しい思いで一杯です。

三年前の事。お店のお客様とコンビを組んで、グリーンチャンネルの番組「うまくら」の馬券対決In阪神に出演した時でした。番組の企画で、第9レースの実況を私達八人だけの為にやってくれたのは、他でもない広瀬アナウンサーでした(写真)。

そんな広瀬アナ、初対面の私達に対しても、撮影の合間に、いろんな話を親切にして頂き、ますますファンになりました。

二度目の再会は、お客様に招待して頂いた馬主席での事。オフだったのでしょうか?実況を離れて、本当に嬉しそうな顔でマークシートを塗ってられました。ご挨拶すると、「ご無沙汰しています。今度、お店に寄せて頂きます」と、私の事を覚えて頂いていて、ご丁寧なご挨拶をして頂きました。

お店では、トークショーも開催して頂きました(写真)。

「僕らの実況は、気の利いたセリフなど、必要ないんです。しっかりと一着から三着までを伝えるのが、僕らの仕事なんです」と、熱弁され、爆笑の失敗談も惜しげもなく披露して頂きました。障害を実況した時の「踏み切ってゴールイン!」と、言ってしまった話や「外からスーッと、緑の帽子が一頭上がって行きますって、実況している時は、たいがい馬を見失っている(馬名が出て来ない)証拠なんです」とか、「一番実況がし難いのは、九州産の新馬戦。カシノが三頭に、テイエムが三頭に、マルシゲが二頭に・・・」などなど・・・

そんな楽しかったトークショーが、私達にとって最後の想い出となってしまいました。

575485141_20.jpg昨日は、最後のお別れに行って来ました。

告別式の会場に入ると、広瀬アナウンサーの実況が流れてました。

そして最後のお別れは、広瀬アナウンサーが最後の実況となった五月二十日中京競馬場6レースの実況で、お見送りをしました。

昨年七月に、「余命三ヶ月」の宣告をされながら、最後まで現場のアナウンサーとして戦った本当に強い方。「今は、G-Ⅰレースの谷間だから・・・」と、最後の最後まで仕事の事を気にされて亡くなったそうです。まだまだ喋りたかっただろうと思うと、残念でなりません。

広瀬伸一さん、私達に素晴らしい実況をありがとうございました。改めてご冥福をお祈りいたします。

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